【薬が毒になる人と毒が薬になる人がある、何が違うのか】

カテゴリぬかに釘じじいの寝言
よく世間で耳にすることがある。食品でも同じ物を食べても食あたりする人としない人がいる。食あたりをした人は運が悪かったとか体調が悪かったのではないかと深く考えないで見過ごしてしまう場合がよくある。

世界的に食の哲学者と言われる桜沢如一 先生は面白い事を書いておられる。「病気を治すのは心にある。肉体の病気は心の病気の救いを求める信号なのです。だからその信号をもみ消したりその信号の苦しみだけを失くしたりするような事は意味のない事であり、罪に罪を重ねれるようなものでさえあるわけです。食養を病気を治すようなもののように思っている人があります。こんな人は助かりません。食養は食事の原則を教えるものだと思っている人が多いのです。大きな間違いです。食養は何を食っても決して病気にならず毎日毎日を力強く何の心配もなく楽しく暮らす。それは神を知る事であり神に帰る事であり神に生きる事です」そのように言っておられます。

その人の精神面が病気の付着しない次元まで向上していると病が付着しようがないのです。

次の話は実話です。この度、予言通りこの日本に女神が天下られ救世主として世の中を救世された。その時の実話であります。ある時、毒蛇のマムシに咬まれた人が毒が体に回らぬように紐で縛り、急いで血清を打ちに病院に行こうとしていた。たまたま救世主の近くを通っていたら救世主が「どうしたか」と聞かれたので「毒蛇のマムシに咬まれました、今 病院に行くところです」と言うと、救世主は「縛っている紐を解いて毒を体中にまわしたれ」と言われた。マムシに咬まれたその方は、神を信じきっておられたので即座に「はい」と言って、縛っている紐を解かれた。

すると死ぬどころか昔からの持病が治ってしまった。命をも神の前に投げ出して神を信じきった結果であります。直ぐ後の御説法で「信じたればこそ救われたるなり」と仰せになったのであります。

これは毒を薬に変えられた神業であります。もう一度申し上げますが、同じ食品を食べても食あたりをする人と食あたりしない人がいる。毒が薬になる人もある。何がそうさせるのか。それはその人の持つ魂の高さであり霊生の高さであります。一言で言えば、正・邪を取り違えず正神を信じる力であります。
2017年11月25日 16:34ぬかに釘じじいの寝言
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