【世は五感の世界でなく六感 以上の世界に移りました】

カテゴリぬかに釘じじいの寝言
ある方からメールを頂きました。この方は五感以上の世界が少しわかられる方です。現在の世の中は御釈迦様の言われた通り世の末の末期で す。その姿は肉体や目に見える世界が中心だと思いがちな世界です。しかし本当は目に見えない世界、死んだ後の世界が中心なのです。末法の世の人は心の世界、霊界がわからないので死んだら皆 仏になると思っている。全く違うのです。人間の時に良心に恥じる事を少しでもしていれば全部 地獄です。即ち不成仏になるのです。その不成仏(悪因縁)が私達 目に見える世界に不幸を及ぼすのであります。ですから次々と治らない病気や不幸がたくさん出現しているのです。この先祖の不成仏を救う以外に現世を助ける事はできません。いかに化学・医学が進んでも解決いたしません。だから全知にして全能なる宇宙絶対神が三千年に一度自ら天下られたのでございます。予言通り今その時です。

メールを下さった方に返信文を書きましたので参考にしてください。貴方のメールを読ませて頂きました。貴方は少し霊界が解られる人ですね。私達は心に思った事を口にしたり行動に移したりします。口にしても行動にしても五感で解かる世界ですが心の世界は五感では解からない世界です。その五感では解からない世界にこそ根本・土台 全てがあります。

私が50数年前の24歳の時予言通り日本に天下られた宇宙絶対神の化身 救世主はこのように仰せになられました。「肉体を救うのではない魂を救うてやるのじゃ、嬉しゅうて楽しゅうて面白い、たまらない世界に心を救うてやるのじゃ、すると寿命のある者はその影である肉体も救われるのじゃ」。

私は酵素風呂をする事は「夢、夢」思った事も想像した事もないのに自然になってしまったのでございます。始まって16年目になります。その間に様々の事を目にしてきました。体温が大切である事、その根本は心にある、目に見えない世界にある、霊界にある。その霊界、現象界、全てを見ておられる知っておられる見抜き見通しの方が絶対神またの名を天なる神様であります。即ち天上界であります。全ての支配は絶対なる神様がされておられます。全知にして全能なる神様です。

救われていく手順というものがあります。先祖が救われずして子孫の者が救われる事は絶対にありません。私はキリストの学校に行きました。キリストは預言者です。救世主ではありません。その証拠にキリスト自身が十字架にかかって死んだのです。キリスト教徒の人はキリストを救世主にしなければキリスト教そのものが存在できないので救世主にしておりますが、

そのキリストが予言をしております。「神の国は近づきたり、汝ら悔い改めよ」とその通り、約2千年後の1945年に救世主は出られました。これもキリストの予言通りであります。「これより(イスラエル)東方の小島に女神が出る、その女神が世界をまたにかけて救世する」と。しかし救われるのは「一握り人間だけじゃ」とこの度の救世主は仰せになっております。また「九分九里九糸九毛の人を殺す、真人間ほどおれば良い」とも仰せです。キリストも最後の審判の時が来ると予言しております。この度の救世主も予言さておられます。それも間近だそうです。「原爆・水爆も使う為に作ったのじゃ」とも仰せになっておられます。話は元に戻り救世主は神の国は近づきたりでなく「神の国はできました」とキリストと違い過去形で言っておられます。

この度の救世主は「キリストの祈りは成仏させる法の力は天なる神が持たせなかった。だからキリストの先祖が救われなかった。その悪因縁で十字架にかかったのじゃ。釈迦の祈りには七分八厘の法の力を持たせたが、この度は九分九里の法の力じゃ。今救われずにしていつの世に救われるか、祈れ祈れ世界平和の祈りを祈れ、悪霊済度の祈りを祈れ。祈る皆はあまりにも簡単に救われるから感謝が足りん」と仰せになりました。

この度の救世主の御説法の開口一番に「やっておくれよ神国のために、神国のために何をやる、まず己の心の掃除ができなけりゃ神の国には役立たない」と心の掃除を強く仰せでありました。救世主の仰せになるように心の悪癖を直す努力をしながら地上に神の国の建設を願い、法力ある祈りを祈ると祈ってみた者よりわからない。地上に神の国を作られる神様のお手伝いをさせて頂きたいと己を捨てて祈ると、その真心を天なる神は見届けてその人の足にまとい付いている。「邪魔になる」不成仏の先祖の悪霊が次々と救われていくと、やがてこの世にいる私達も救われるのであります。

一番の罪は宗教を生活の糧にすること。これは神に弓を引く、神を引きずり降ろして使おうとする心が一番罪深いと仰せであります。この悪因縁は子孫を地獄に引きずり落とす。中々救われないのでございます。

根底から世が変わったのでございます。どういう事かと申しますと「神・仏を使う時代は済んだ、正しい神に使われる世になったのです」。最後に「邪神は己の邪念じゃで、出てくる邪念を打ち払い、打ち払い。死ぬまでかかりよとかまやせん。心の掃除を怠るな」と仰せになりながら生涯を終わられました。


2018年09月08日 17:13ぬかに釘じじいの寝言
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